「あの喫茶店のご主人、９月４日にガンで亡くなられたんだって」
ぼんやりとテレビを見ていた私に、妻が突然言いました。
「あの喫茶店」というのは、私たちの家のすぐ近くの駅前に
２年ほど前にできた小さな喫茶店で、
私たち夫婦と同じくらいの６０歳半ばのご夫婦がひっそりとやっておられる店です。
私はその喫茶店でお茶を飲んだことはありませんが、
妻は、友達と何度かコーヒーを飲みながらおしゃべりをしていたようです。
でも、その店のご主人とは、私が朝のゴミ出しに行く時、
いつも店の前の植木や草花たちに水やりをしておられ、
いつの間にか「おはようございます」とか、
「きれいな花が咲きましたね」という挨拶を、お互い笑顔で交わすようになっていました。
男同士なんて、そんなもので、
それだけでけっこう気持ちが通い合うものなんです。
そのうち一度お店におじゃまして、
ご主人とゆっくり話をしてみたいなあ、と思っていました。
ご主人には、人にそう思わせる、何か雰囲気のようなものがありました。
ところが、８月の猛暑が始まった頃から、
お店のドアに、「都合によりしばらくお休みさせていただきます 店主」
という張り紙が張られたままになっており、
もしかしてどなたかご病気でも・・・と、気になっていましたが、
まさか、あのにこやかなご主人が、亡くなられていたとは想像もしていなかっただけに、
妻の言葉に、私は強いショックを受けました。
３日連続講演を無事に終えての帰り道、
まだ張り紙のとれない喫茶店の前に立って、
お店の前の小さな庭に無心に咲いている花たちの写真を何枚か撮ってきました。
